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ワカルヤツ限定

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ここは感情のゴミ捨て場です。

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変な夢を見ることがあります。

…っていうか、夢はみんな変なもんだとは思うんですけどね。
この前見たものは訳がワカリマセンでした。

登場人物は2人、自分とさくです。
突如冒険者ルックで僕の目の前に現れると「サボテン取り行くよ!」と元気な一言。

夢にでてくるさくは何故かいつも唐突に、突拍子もない行動を要請してくれます。
数年前に見たのでも「一緒に地球を守ろう!」と、謎の宇宙人と戦うというものでした。
そういう印象を特別に抱いているわけじゃないんですけどねぇ。

で、サボテン。
取ってどうするのかと聞くと料理するとのこと。
トゲがあるけど抜くのかい?と尋ねたら「トゲの残らない抜き方がある」と教えてくれました。

どうやらサボテンには根っ子があって、そこにトゲが全て繋がってるそうです。
だから上手くやるとトゲだけ残る、という話でした。

「あれだよ、あれ」

指の先には随分と凶悪なトゲの生えているサボテンが…

普通は針くらいじゃないですか。
でもそこに生えてるのは明らかに凶悪な、トゲというか槍?みたいなものでした。
クッパの甲羅を想像してくれれば一番わかりやすいかもしれません。

しかし、唖然としている僕の目の前でサボテンは一瞬にしてトゲだけになってしまいました。
得意気に「こうやると綺麗に抜けるんだよ」と教えてくれたんですが…あまりにも見事すぎてワカラナイ。
結局理解できた頃にはサボテンの骨(?)だけが立っている、という景色になってしまいました。

「さぁ!次はいーじんの番だ」

と言われて連れて来れられたのは若干紫色のサボテン。
これは抜きやすいんだけど毒があるから気をつけてねぇ~と言われたんですが…

困っていると目覚ましが鳴り、朝ということに気がつきました。
果たしてあのサボテン達はその後どうなったのか、自分は毒を回避することができたのか、非常に謎です。

夢判断ができる人が居たらどういう状況なのか教えてくれると嬉しいなぁ。
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by yijin | 2008-11-29 11:51
昔、ある人と「先入観」について話したことがあります。

彼は排除すべき必要ないものだ、としたけど、僕はそれを必要だと思っていました。
何故かと言うと、客観的にそれを利用することができるからです。

物事って言うのは時代によっても左右されるけど、その時にあったベタというのが存在します。
別の言い方をすれば王道や、筋書きと言えるでしょうか。

人は基本的にそれを求めます。
これは情報を得るときに1から全て解析することができないからだと思います。
体の反応であるアレルギーもこれに似たものかもしれません。

例えばスポーツなどではこれを応用するのも珍しくない話です。
咄嗟の判断を行う必要がある場合、脳の判断よりも体の動きが必要になる。
そうなると動きに対して先入観を持たせておくことで、より早い挙動を確立することができます。

逆に客観的にそれを判断することで、相手の意表をつくことができます。
お笑いの世界なんかがそれで、普通という筋書きから反することで刺激が生まれ、笑いに繋がる。

逆に安定的な”ベタ”というものが存在しなければもっと原始的になるでしょうね。
技術や知識という転ばぬ先の杖を捨て去るわけですから、文明・文化の旨みを捨てることになります。

もちろんそればかりに囚われるというのは良くないことだと思いますが、個人的には否定よりも利用という観点が先にきました。
技術や歴史、そして背景を客観的に理解することでその裏にある実が取れると考えると、先入観というのは必要なものではないでしょうか。

ただ地球の重力と一緒で、一度囚われてしまえば地面に激しく叩きつけられてしまうのですが。
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by yijin | 2008-11-27 16:44
広告はテレビから撤退し始めています。
というのも値段の割りに営業利益に繋がらないから、だそうです。

それは一体何故なのか。

単純に考えると、広告が手元に残らないからではないでしょうか。
要するに金をかけても垂れ流して終わる、ということです。

テレビの良いところは大勢の人に見せることができる点でした。
これは商品や情報を知ってもらうことで潜在的な需要、顧客を掘り起こすことに繋がります。
だからマニアックな人は雑誌、それに興味のない人はテレビによる広告というのが発達したのでしょう。

情報源がテレビからパソコンへとシフトしました。
Webなどは小冊子カタログと同じく、一時的でも情報を繋ぎとめておくことができます。
そのため、より詳しい解説というのが公開できることになります。

こうなると企業は詳細、簡易の2種類を作らなくてはなりません。
しかし詳細はデータなどを載せられるとして、簡易版ではどうしたら良いか?

大抵の場合は印象(イメージ)を受け付ける方法を取るでしょう。
ですが、そうなると非常に味気ないものとなってしまいます。

例えば車だとしたら詳細はWebに絞り、特長だけをテレビで流すことになります。
乗り心地良いよ~、燃費が良いよ~というところから始まり、この車でこういうことができるよ~という流れになる。
これはある意味”北海道の旅!7泊8日、カニ食べ放題!”という広告と同じなんですよね。

それを見た人間には他の商品との比較ができなくなります。
何故かと言えばみんな一様に乗り心地が良さそうで、燃費が良さそう。
しかもやれることまで同じだとしたら、果たして比較する必要があるでしょうか?

余程マニアックなコダワリや視点を持つ人以外は”みんな同じ”という印象しかなくなると思います。

実際その”北海道の旅!”の比較をしようとする人は殆ど居ないでしょう。
こっちの方が安い、あっちのほうが安いというよりも、同じ金額でどこまで行けるのか?なんて方向に目線が行くはずです。
なるほど…5万円で北海道ならカニと7泊だけど、タイに3泊4日行けるのか、という感じ。

それじゃわざわざ広告打つ意味ないんですよね。

こうなってしまうと広告はWebに移るか?というと僕はそうではない気がします。
何故ならWebは情報の末端として到達するには良いと思いますが、動かない(発信されない)という特徴があります。
要するに知りたい人が、調べて、わざわざ足を運んで確認する、という作業が必要になる。

そうなると着目するのは現在出ているような雑誌、ではないでしょうか。
雑誌なら定期的に情報が発信されますし、情報源として手元に置いておくことができます。

問題は実績に引きずられない形で、現状にあったものが作れるかどうか、だと思います。
もしそれがクリアできれば、廃刊の話が多い雑誌業界は一気に活性化されるのではないでしょうか。

ま、あくまでも仮説なんですけどね。
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by yijin | 2008-11-27 13:30
七人の侍を見て感じるのは「イケメンと不細工の違い」というところかもしれません。

ハッキリ言うと、今で言うカッコイイ役がないですよね。
時代的にそれが普通といえば普通なのかもしれないけど、みんな荒々しい。
優男は一人居るけど、その中に入るとやっぱり頼りなく感じてしまう。

不細工は今の世の中だと”モテナイ・冴えない”という配役になると思います。
まぁ…現代社会は破天荒な荒々しさというのは必要ないですし、昔の不細工とはちと由来が違うのでしょう。
どちらかというと不健康な印象を持ってしまうため、七人の侍で言う「優男」と同じ立ち位置になるのかもしれません。

逆にイケメンは大抵破天荒な枠を飛び出す役柄か、心に闇や葛藤を抱えるタイプに別れる気がします。
これは時代的に”何でも持っているからこそ足りないものがある”という風に感じます。

日本は文明社会ですし、基本的に欲しいものは何でも揃うんですよ。
がんばればそれなりのリターンが期待できるし、それなりのリターンは身の回りのものに化けていく。
だけどなーんか満たされないな、っていうのを遠まわしに表現している気がします。

がんばってもリターンがあるかどうかワカラナイけど、それでもがんばるしかない。
それには俺が未来を作るんだ!っていう破天荒な考え方、行動力、キャラクターが必要となる。
七人の侍が作られたのはそんな時代だったんでしょうね。

それには荒々しく、下品で、今で言う不細工な奴が求められたのかもしれません。
しかし優男が恋愛担当だとすると、やっぱり女性はいつの時代も端正な人を選ぶのかも。

今の時代はイケメンが勝つというのはそこでしょうね。
それなりのものが手に入る世の中では直接誰かと戦うこともない。
あるとすれば領土や食料ではなくて人間関係、要するに恋愛ということになるのかもしれません。

戦に優れた武器や戦術が必要なように、恋を得るにもそういうものが必要になる。
だからイケメンや美女というのが世の中の価値の真ん中に来てしまったのでしょうね。
文明的な価値観の入れ替わり、というやつでしょうか。
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by yijin | 2008-11-27 09:52
ふと思ったこと。
実写版トランスフォーマーって、トランスフォーマーCGだったよね。
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by yijin | 2008-11-26 15:49
今週はチャップリン期間になると思われます。
輸入版、500円DVDの威力はどんなもんだろ?
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by yijin | 2008-11-25 13:42
どんなに優れた速球派の投手でも、毎度のようにイチニノサンでくれば打たれてしまう。
それを避けるには投げるボールに起承転結をつける必要がある。

速球の前には緩い球、と思わせて置いて変化球。

そうした相手とのサスペンスを直接彩れるから、野球において投手は花形なんだと思う。
投手が役者なら捕手はその映画の監督さん、なのかもしれないね。

考えてみればどんな分野でも1つのものしかない人と、1つのものを浮き立たせる人といる。

前者の魅力って言葉で凄く伝わってくる。
ある意味では職人のようなその立ち回りは純粋に”すげぇなぁ”って感じることも。
だけど、それは周りに同じ人が居ないからこそ成り立つのかもしれない。

もしその職人が集まったらどうなるか。
どんなにレベルは凄くても1つしかないって人は馬群に飲まれて、烏合の衆と化す。
そこで差をつけるには、やっぱり変化球という存在が必要なのかもしれない。

画一化した周りと違うことをやって、自分というものを浮き彫りにする。
その人にも結局”1つしかない”のかもしれないけど、ちょっとした工夫が明暗を分けることもある。
もしかするとそれは、悩んだ、苦しんだ時に頼れる切り札の存在…とも言えるかもしれない。

それがあることで彼はそのたった1つを浮き彫りにして、それを個性とすることができるのだと思う。

プレイスタイルの変化っていうのは一時の変動にしか過ぎない。
遠くからの大きな目で見れば、それを含めて自分というものに見えてくるし、それがあるから”らしさ”という風にもなる。
ある意味では1つしかないものを大切にするために、自分を多面化することも必要ということかもしれない。

それはそれで、それもいつものあなたですよ。

少し臭いかもしれないそんな言葉を用意して待ってくれる友や仲間のためにも変化球ってあると便利な道具だ。
僕はできるだけ多くの人にそれを伝えて、背中をポンッと軽く押してあげたい。

後は工夫と勇気って要素で、人はその背中に多くの景色を映し出すことができる。
あなたにしかない、あなただけの温かみのあるその変化球は、きっとどこかで誰かの役立つはずだ。
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by yijin | 2008-11-23 14:55
前にも書きましたが、風邪でヘロヘロになる寸前、邦画の「壁男」を見ました。

面白かったんですが、なんだか物足りない。
しかし僕はこれでシュルレアリスム(超現実主義)というのが日本には根付かない文化だということを理解しました。

受け入れられるのは…そうですね。
勝手な造語なんですが、ストリスム(物語主義)ではないでしょうか。

前者はより機能的な行動。
要するに機械で言う「歯車」のような状態を表します。
そのため政治的、宗教的な抑圧が強いタイプの国家(社会主義や封建主義など)で見られる表現かもしれません。

逆に後者はもっと臨機応変な、それでいて常識的な観点というのが強い気がします。
強者による締め付けというよりも、自分達で構築して根付いてしまったルールという感じでしょうか。
派生が全く違うためにどちらも混じることはない、非常に並行的な考え方です。

ある意味では哲学か常識かという比較にも取ることが出来るかもしれませんね。
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by yijin | 2008-11-22 12:48
七人の侍を見終わりました。

黒澤映画って幼少の頃にチラッと見たことしかないんだけど、変な苦手意識があったんですよ。
今回見たものも例に漏れず、映像から怖いほどの迫力が伝わってきました。
でも、僕自身がそれを受け止められるくらいになったようです。

確かに殺陣はきれいじゃないし、映像も白黒だし古臭い。
物語を主観的に捕らえる今では考えられないほど客観的視点からのものばかりでした。
しかし、無茶苦茶面白かったですね。

舞台において、観客というのは動きませんから役者や場面を動かす必要があります。
七人の侍もハッキリとした映像の割り方で、場面場面をしっかり捉えていました。
多分”芝居”というのがまだしっかりと、根強く生きていたからなんでしょうね。

これを今形にするのは難しいと思います。
CGを使えばなんとか行けるかな…とは考えられますが、その画をちゃんと構築できる人が居ない。

どの監督も観客の目線をコントロールするような方法を取ってしまうでしょうね。
アクションも細部を見せようとするし、瞬間瞬間を如何に切り取り見せるかを考えるでしょう。
恐らくこれは時代背景、技術、多くのものが関わってきて生まれた、自然な変化なんだと思います。

だからこそ、ベーシックでクラシカルなこの映像が自分の目には新鮮に映りました。
そういう”返せない歴史の差”というのは見ていて非常に興味深いですね。
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by yijin | 2008-11-20 14:43
相方の誕生日でした。
うちの家族と一緒にご飯を食べ、簡単にケーキを食べました。

その直後、急な腹痛。
どうも固い便の後ろから柔らかい便が押し捲っているようです。
寒気と共にしゃれにならない吐き気が…

結局25歳の誕生日はグダグダになってしまった。
ホントごめんね。

結局それからは風邪薬を飲み、布団に潜り込んで寝ました。
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by yijin | 2008-11-19 08:06