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ワカルヤツ限定

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ここは感情のゴミ捨て場です。

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不況の大きな原因に市場に流通している資金の目減りというのがある。
ようするに”血圧が下がっている”状態である、と考えると良いかもしれない。
それを回避するには使用できる金を増やすことが大前提になる。

各国で行われている給付金や減税はこれにあたり、中でも給付金に関しては即効力を期待できる。

消費税の撤廃ということを言う人も居るが、非常に頭が弱いと言えるだろう。
というのもレジスターをはじめ、変更する箇所があまりにも多いわけだから、市場が混乱することは想像に難くない。

また今回の例で行くと1万2千円分の減税に当る行為をするなら、単純計算で24万円の出費が必要になる。
さて…その金額を、この状況下でどれだけの人間が使えるだろうか?

それだけ考えても給付金というのはリスクが少ない手段であることがわかると思う。
バラマキだと闇雲に反発する人間にはそのポイントが見えていない。
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by yijin | 2009-01-31 16:37
昨日は輸入中古車商談会に行ってきました。
まぁ…行ってきただけなんですが、なかなか面白かったですね。

日本車は使用に従った真面目なものが多い気がします。
逆に外車にはイメージに従ったコンセプトというのが見られました。
これはモノに対する考え方の違いもありますが、元々”多彩である”市場に居るか、そうでないかの違いもありそうですね。

要するに多くの考え・価値観があるかないか、です。
前者であれば突拍子も無い工夫も増え、後者であれば使い勝手や完成度が上がるということではないでしょうか。
考え方的には面白いが手がかかるor面白くないが手がかからないという違いかもしれません。

モノとしての捕らえ方としてどちらが上かはわかりません。
求める人が面白い方が良い!と思えば前者に、しっかり使いたいと思えば後者を選ぶでしょう。
ただもう1つ上への発展性を見出すなら、どちらの市場においても互いの価値観を認め合う必要があるのかもしれませんね。
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by yijin | 2009-01-19 15:39
定額給付金は公明党の案と言う噂もありますが、個人的には誰の案でも良いと思います。
優れているものについては源流がどこであれ、しっかりと評価します。
※実際は与党内の話し合いによって出来たらしい

何故それが優れているかと言うと、市場にお金が流通するから。
変な話全員が同等に使わなくても良いんですね。

不況と言うのは1.買うものが無い 2.買うお金が無い の2パターンから生まれます。
前者は純粋な需要の減少であり、後者は需要の潜在化と言えるかもしれません。

アメリカの景気が良かったのはここの価値観をひっくり返したからです。
要するに”潜在化している需要”を喚起することで、購買意欲をまず高める。
消費することで広く人にお金が回り、市場が拡大していきます。

しかし問題は市場の拡大の制御が出来なかったことでしょうか。
それ故にお金が無い状態での消費(ローンなどによる借金)を促したため、破綻する以外の道が無かったわけです。
なので現在の金融不安はその残りの処理をどうするか?ということになります。

一番は人にお金が入ることですが、金融不安に寄る通貨危機というのをどの国も背負ってしまっている。
だとすると紙幣の増刷という手段を取れないわけですから、必然的に減税若しくは還付金ということしかありません。
この中で即効力があるのは後者の還付金、今回でいう定額給付金になります。

簡単に言えば「市場にお金が入ってくる」という趣旨ですね。
野党の言う特定の事業を…という考え方もわかりますが、基本的には二次補正予算内でそれは押えているし、給付金を崩してまで追加の策をする必要はないと思います。
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by yijin | 2009-01-15 09:56
ニュースが娯楽番組になっていたことに気がついてから、ほとんどテレビを見なくなった。
もしかすると、そんな人も増えてきてるのではないだろうか。

最初は少し寂しい感じもするけど、慣れてくるとあの音がうざったく感じてしょうがない。
今まともに見てるのは朝のNHKニュースだけだけど…あれも正直雑だわね。
多少マシではあるものの中立性・公共性が低いと言わざるを得ないな。

一応は報道っていう名目なんだからそれなりのクォリティを求められるのは仕方が無いと思う。
けどそれに応えられる番組は皆無だし、応えようという気が無いものばかりが電波を占有している。

所詮は瓦版(ゴシップ)から来た報道機関だなと諦めてはいるが…実害がねぇ。
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by yijin | 2009-01-14 23:11
小さな政府、地方自治。

これは好況の時には良いと思うのだけど、いざこういう金融不安のようなのが起きると難しくなる。
何故かと言うと、今回の場合のように社会システムそのものに対しては、ある程度大きな影響力を与えられないと下支えできないから。
ようは、大量に現金収入が無ければ資金投入も不良債権処理も進まないわけだ。

もしこれがその理想を実現後に起きたら…と考えると、少々恐ろしい。

そう考えると大きな政府の一括統治と言うのはそれほど悪いものでもない気がする。
確かに地方における特色や決め細やかな政策などを推し進めることが出来ないマイナス点はある。
代わりに安定的な国家運営という非常に優れたリターンを持つことを忘れてはいけないだろう。

また、地方自治へと切り替えるのなら国家観というものをしっかり教育することが必要になる。
自国と他国の違いはもちろん、自虐でない歴史や地理を含んだ防衛までしっかりと共通したイメージを持つこと。
それを基に身の回りを発展させ、如何に良くしていくかという特色を出すための下地を作らなくてはならない。

しかしそれにはまだ教育と言う分野が国家戦略としての影響力を嫌い、また立ち遅れている現状がある。
その土台のハッキリしない中での地方自治は、正直言って不安要素が多すぎると思う。

これらの点から言っても、僕は分権制度について賛成ではない。
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by yijin | 2009-01-14 09:06
恵方巻きが広まったかどうなのかはワカラナイが、異常なほどアホっぽくて、結構好きなイベントである。
これをトルティーヤやロールケーキに流れを帰る動きもあるようだが、言語道断だ。

ところで何故あんな変な風習を広める気になったのだろうか?
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by yijin | 2009-01-13 14:43
冬休み前にスタンリー・キューブリック監督のDVD-BOXを仕入れたので、2001年宇宙の旅とフルメタルジャケットを見ました。
前者は仮定から思想へ、後者は思想から現実へという移り変わりがあったような気がします。

この手の作品はテンポが非常にゆっくりしており、長い。
見ている方としてはその中で得たものを反芻しながら、頭にしみこませることが出来ます。
逆に動きが少ない分だけ娯楽性というのは低く、満足できない人も多いでしょうね。

非常に哲学的ではありますが、以前に紹介した東欧のヤンシュヴァンク・マイエル監督のもつものとは少し違うような感じがしました。

どこが違うかというと、哲学の対象となるもの。
ヤンシュヴァンク・マイエル監督は自らの置かれている状況、共産主義に対して命の炎を燃やしていました。
なので非常に反抗的であり、攻撃性の強い作品となっていました。

逆にキューブリック監督は生きている感覚というのを求めているのかな?という風に感じました。
何かに対して炎を燃やすというより、ぼんやり浮かぶ炎そのものを冷静に、第三者的視点から眺めている。
そうすることで他に存在する鼓動を受け、自らの生を確かめていたのではないでしょうか。

結果的に反抗的であり主観的な哲学、普遍的であり客観的な哲学に触れることが出来たように思います。
同じ映画というフィールドで生まれる監督同士の「違い」というのを確かめるのも面白いですね。
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by yijin | 2009-01-07 16:18
政治や経済の話をしていると、結局全てが主観的なフィクションなんだなぁってことが見えてくる。
もちろんそれは自分を含めての話だけど、こうであって欲しいという願望により視点が徐々にブレてきてしまう。
これを収めるには支配者階級になるか、欲を捨てるかしかないのだろうと思う。

要するに神か、仏。

全てを超越してしまうことで栄華を極めてしまえば、全て主観で物事を片付けることが出来る。
一代、一時のものかもしれないが、逆を言えばその時間においては、世の中の全ては私のもの、となる。

若しくは欲と戦い、全てを捨て去ることで流れを感じるようになることもある。
その時間や原理は普遍かもしれないが、捨て去った欲を手に入れた時点で終わってしまう。
人として生きることを考えれば、非常に脆いものなのかもしれない。

まぁまぁそうは言っても、そのどちらかに成れる人なんて皆無である訳だから、この話も詭弁でしかないわけだ。
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by yijin | 2009-01-06 17:02
新年です、明けましておめでとう。
目立って何も変わりませんが、今年もヨロシク。

今年の目標は二つ。
身体を治すこと(特に膝と股関節)と、視野を広げて意味を知ることです。
まぁぶっちゃけ、どっちも完全には出来ないことではあるわな。

ってなわけで。
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by yijin | 2009-01-06 14:24