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ワカルヤツ限定

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ここは感情のゴミ捨て場です。

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8月も今日で終わり。
小学校の頃は夏休みの宿題を徹夜でやってたなぁ。

それすらもやらなくなってきたのが中学の時。
宿題に意味を見出せなかったし、やる気にもならなかった。
結局怒られるんだけど、ガンとして拒否していたね。

三つ子の魂は百まで続く。
今出されたとしてもやらないだろうなぁ。

夏の思い出ってそんなもんかもしれない。
広島の爺さん家にも行ったし、部活も行ったしプールも行った。
けどなんだかんだで「夏休みの友」に付きまとわれてた印象が強い。

季節限定とは言っても、こんなストーカーみたいな友人はゴメンだよな。
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by yijin | 2009-08-31 10:12
小学校の6年のときから中1の終わりまで、人生の中で一番「勉強」していたと思う。
アホだった脳みそは活性化されて、気がついたらクラスでも学年でもトップ争いをしていた。
残念ながら天辺には上られなかったけど。

中2の時、変化が来た。
それまで物を覚える、理解することが楽しめていたのにそれができない。
結果的にどんどん苦痛になっていった。

多分、快感だったのは知識を得ることじゃなかったんだろう。
ハッキリ言ってしまうと点を取ること、今までの自分と違うことが出来ていることが嬉しかった。

でも上り詰めて見えた景色に慣れてしまって、見える全てに新鮮味が無くなった。
考えずに出来ていたことが出来なくなったし、継続していた勉強の時間もどんどん減っていく。

だけど自分には恐怖心も焦りも何もなかった。
それより色褪せた、退屈な景色を見続けるほうがよっぽど嫌だったのだと思う。

今はどうか。
雑学的な知識を得たり、自分なりの意見を構築するようになってからは学ぶことが楽しくなったような気がする。
学生時代にこういうリズムを得られたらどうだったんだろう?なんて考えることもあるけど、まぁそれも人生だからね。

とりあえず勉強って言うのは、思っていたよりずっと面白いもんだという認識にはなった。
自分より若い人たちに、これを伝えられたら良いのにね。
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by yijin | 2009-08-26 09:03
二度寝は気持ち良いもんだ。
時間の制約があるのが恨めしいけれど、無ければもしかしたらそれほど良いものではないのかもしれない。

起きたときに「やばいっ!」となるくらいが一番快感なのだろう。
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by yijin | 2009-08-25 12:59
物事なんてものは難しく考えれば難しいし、簡単に考えれば極めて簡単だ。

でも妙な強迫観念があるからみんな複雑怪奇にならないとダメなんじゃないか?なんて考えに至る。
甘っちょろいけど、ガキんちょの考えが一番シンプルで的を射ていることなんて山ほどあるのはこういう理由からだろうね。

事実、山を登る前に見た景色と降りた後に見た景色じゃ大して変わらんもの。
違いがあるとすれば道中で何があったか、どんな風に思ったかくらい。
主観と解釈が広がるだけで、結局同じは同じなんだよな。

迷って迷って、苦しんで苦しんで、パッと見えた景色が最初と同じなんて良くある話。
だからやっぱり最初の印象ってのは大切なんだと思うよ。
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by yijin | 2009-08-25 11:45
簡単なことを難しくするのは簡単で、難しいことを簡単にするのも簡単。
だけど簡単なことを簡単にするのは難しい。

理屈って聞いてるとハラタツけど、なんか面白いよな。
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by yijin | 2009-08-21 17:09
足の速いのが個性になるか?って聞かれたら「ならん」と答えると思う。

ただ足の速い奴はいくらでも居る。
これが信じられないほど早いなら別だけど、そういう人間はなかなか居ない。
精々学校やら地域でトップ取りました、位の話だろ。

それ個性って言ってたら、その上の奴が出てきたらどうなる?
例えばボルトの前で「俺の個性は足が速いことだ!」って言ったとして、みんな苦笑でしょ。
逆にお前度胸あるなぁ~とか、そりゃ無謀だろ~なんて評価の方が高くなると思う。

個性ってのは別に長所じゃないし、長所は個性になり得ない。

人と競い合う上で一番良いのは短所。
普通は欠点なんだけど、使い方によっては十分利点にすることができる。

言うなればハンサムは競ったら勝敗がキッチリつくけど、ブサイクは比較すらできない。
その比較すら出来ない底辺っぷりってのを上手く使うから個性になる。

だから人は長所を見たらいかんのよ。
短所を見て、こいつは何が悪いのか?っていうのを考えると、そいつの輪郭がぼんやり見えてくる。
もし「長所が利点、短所が欠点」って決まってるなら、一回死んで生まれ変わらん限りは人生の順位なんて変わらんもの。

違うのよ。
そんなん決まってないから引っくり返るし、世の中楽しめるんだわ。
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by yijin | 2009-08-21 10:20
嘘八百って知ってるか?
今から書くことは全部嘘だから気にすんなよ。

俺は夢を捨てた。
捨てたって言うと変かもしれないが、結果的にそうなったのは言うまでもない。
あの日以来、自分の中の時計は止まったままだ。

理由は家のことが半分。
それからもう半分は色んな種類があるな。

だけどその中でコレっていうのを挙げるなら「夢を見続ける努力をしなかった」ってことだろう。

人生なんぞ遠回りの連続。
いつ目的地に辿り着けるかなんてわからんし、大抵の人間はそこで諦めちまう。
他の夢を見つけたなんて聞こえは良いかもしれんが、同じようなもんだ。

結局いろんなことが息苦しくなって、もう限界だなんて言って投げ出しちまった。
俺はそんな奴に新しい夢を見る資格はない、と勝手に思っている。

夢を見続けるってのは正直言って辛い。
それは同時に諦めないで前へ進む努力をするってことだからだ。

だからそこから明確な夢ってのを見なくなった。
アレしたい、コレしたいっていう単純な欲求はあっても、あえてそれをしようとは思わない。
何故かって言ったら、別にそこを目指しているわけではないから。

のらーりくらーりと、クラゲだかビニール袋だかわからん位に浮いているのが丁度良いんだろうな。

逆に言えば俺にはそれくらいの夢があったってことでもある。
まぁそこだけは誇らしいぜっ!て胸を張れるかと言えばそんなことはないんだけどさ。

捨てちまったんだから。
もう指紋の山にも残っちゃ居ない。

それを受け入れるのにもう5年か10年経つのかねぇ。
まだまだ素直になれないままだわ。

ホントなげぇよな、人生ってさ。
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by yijin | 2009-08-20 13:57
明るく生きるコツってなんかあるかねぇ。

そう考えたときに出てくるのって、妙に発散的なのが多い気がする。
枠を取り払え!とか、自分らしく生きろ!とかそんなん。

だけど屋根のない、壁のない世界で明るく生きれんのかな?

野ざらしのまま天気に左右される毎日。
雨が降ったら濡れないように木陰へ走りこむし、カンカン照りの時は日差しから逃げて行く。
そんな生活してたら逆に疲れちゃうような気がするんだよね。

家の中で雨音でも聞いてりゃ良いじゃない。
日差しの下でノビノビとしてる植物でも見てれば良いじゃない。

人はそういう逃げても良いところがあるから明るく生きていける、って風に感じる。

確かに大地が枕で風が布団だなんてワイルドだしお洒落で、ちっとは憧れるけどさ。
俺にはストレスが溜まって仕方が無いと思うし、まず無理だわな。
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by yijin | 2009-08-20 13:00
でもさ、こういう「自分なりの理屈」が嫌われる原因だってのもわかるんだよね。

押しても動かないし、引いても動かない。
頑固で、しかも周りとはちょっと違った風のところに落ちてる。
言ってみれば他人の通る道の邪魔になるような存在。

だから理解されない。

でも面白いもんで変えようとすれば「変わってしまった」って言われる。
そのままだと邪魔者扱いなのに、まったく不思議なもんだよなぁ。

ま、しゃーない。

どっちに転んでも嫌われるのは明白なんだから、今更生き方を変えるのもね。
30年これでやってるんだから、好きな人だけ見てくれれば良いや。

これからもワカルヤツ限定だよ。
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by yijin | 2009-08-20 10:37
高い飛び込み台の上に立って、そこからドボンと飛び込める人は少ない。
大抵の人は寸前で「ごめんなさい」をして、来た道を戻っていく。

物事ってのはそんなもんだと思う。

昔の自分は物怖じしないで飛び込んだかもしれない。
それが5mだろうが10mだろうが、気楽に水しぶきを上げたかもしれない。

でも今の自分にそれが出来るか?って聞かれると、二つ返事で応えることは難しい。
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by yijin | 2009-08-20 08:56