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ワカルヤツ限定

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ここは感情のゴミ捨て場です。

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行く川の水は絶えずして、しかも元の水にあらず。
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by yijin | 2009-09-30 15:07
家のパソコンのCドライブが逝かれました。
では、ごきげんよう。
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by yijin | 2009-09-24 07:44
君が望むならっ!(ヒデキッ!)

頭にJのつく人たちが怖いのでこの程度にしておきましょう。
ホントやな世の中だぜ…

ま、それはそれとして。
相方がもし独立を望まないのだとすれば、ゆっくり主婦やってくれれば良いと思っています。
別に何をしなければならないってコダワリは一切ありません。

私はずっと働くこと自体は気にならないし、膝もケアさえしていけば大丈夫でしょう。
とは言え裕福な生活とは程遠くなるとは思いますが、それでも食べていくくらいはなんとかできます。

ただ…どうなんでしょうか。
毎日炊事洗濯や掃除だけやって暮らせるのかなぁという心配はあります。

気分が戻れば外で何かやりたくなるでしょうし、出来ないことで歯がゆさを感じると思います。
趣味のレベルで良ければこちらも快く背中を押せるんですが、やりたいことの風呂敷が大きかったら…と考えると、ハッキリ言って難しい。
それにはやっぱり確実性がないと私だけでなく親も、もちろん彼女のご両親にも余計な負担を掛けかねませんし、それだけは絶対に避けなくてはいけません。

なので、もし独立してデザイナーとして生きるところまで行けなければ、キッパリ辞めさせようと思います。
ただ本人の心境や意志の問題もあるから、それを期に他のところへと飛び立つこともあるでしょうね。

もちろんそうはさせたくない。
そのために今出来る限り環境を整えてあげたいし、実績という足場を作る時間を用意してあげたいと思っています。
しかし…彼女がそれを理解してくれるかどうか、少し自信が無かったりします。

私が辛いところに追いやっているようにも見えるかもしれません。
嫌なことを押し付けられて、無理矢理働かされてるようにも感じているかもしれません。
励ますつもりが、全く裏目にでてしまっているかもしれません。

まぁ、その時はその時ですね。
不器用な生き方かもしれませんが、それでも僕はサポートし続けるつもりです。
納得するのは遥か先の未来でも構いません。
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by yijin | 2009-09-14 13:42
…と言っても前回ので切るのも心苦しい点がある。
なので少し早いが「クリスマス」の話題でも提供しようかと思う。

相方がどう思うかは不明な点があるけれど、今年はサプライズプレゼントはなし。
その代わり、彼女に直接決めてもらおうという風に考えている。
これは今までにないプランだ。

候補は2つ。
ただその中身は少しナイショにしておこう。

それとその付近で、どこかにご飯でも食べにいけたら良いなぁと思う。
クリスマス当日が良いか、それともその前後の開いている日が良いかはまだ未定。
なんだ、話題を提供した割にナイショだの未定だのが多すぎるな。

ま、これまでとは一風変わったものになることでしょう。
その前に誕生日はどうしようかな~
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by yijin | 2009-09-14 09:33
色々と考えたんだけど、やっぱり愚痴を書いてくのは止めようと思う。
とりあえず思うことは自分の中で徐々に解決することにする。

それでは失礼。
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by yijin | 2009-09-14 08:49
日本はガラパゴスだ!と誰が言ったか知らんけど、そうらしい。
なんでも独自の技術を進化させて、世界から取り残されてしまったんだってさ。

個人的には「何が悪いの?」という感じがする。

国家的に先進技術の実験が出来るってことじゃないんだろうか。
要するに国民全員がモニターだから、次の技術の指標って言うのが作り易い。
何故か散々無駄だ無駄だと叩かれまくっているけど、政府がインフラをしっかり整えてくれたからこれができる。

もちろん、高度な技術がそのまま他国に売れるかどうかはわからない。
けど商売って言うのはその時々でしか優劣の判断が出来ないし、後になって見ないとわからんことも多い。
パッと見て「売れないから悪だ」って言える人は、多分開発にも商売にも向いて無いんだろう。

だからガラパゴスっていうのは十分な個性に成り得る要素だと思うんだよね。

なんだけどどうしてか卑下するような表現で使われることが多い。
多分グローバルな社会って言うのを「世界の画一化」という風に履き違えてるんだろうなぁ。
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by yijin | 2009-09-08 08:15
物事というのは適正な距離がある。
どんなに普遍的で魅力的なものでも、それに近づきすぎてしまえば飲み込まれてしまう。
結果として自と他の区別がつかなくなり、個性というのは消えることになる。

大抵の物事というのは近づくことは出来るが、後ずさりすることは出来ない。
もちろん遠すぎては細部まで理解することは出来ないから、それに近づくまでにどれだけ観察できるかが鍵になる。

それができていれば、それは十分な個性になりえる。
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by yijin | 2009-09-05 16:34
Amazonのショッピングカーとが偉いことになるなぁ。
最初はアニメのDVDがメインだったけど、最近だと映画ばっかり。
元々映画は好きではないんですが、少しずつ面白いと思うようになって来たね。

だけど映画特有の面白さって言うのはなんだか良くわからん。
個人的には舞台でやってるお芝居のほうが面白いと思う。

なので映画化に喜び勇む人を見ると、妙な不思議さを覚えてしまう。

それでも面白くない→面白いと感じると変化があるから、そのうちそういう気持ちもわかるんだろうか?
どちらにしても、受け入れられるようになったこと自体は非常に良いことだと思う。
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by yijin | 2009-09-02 13:20
日本には大人がいなくなったなぁと思う。

ワガママ言うのも良いし、別に人ぞれぞれの価値観に口を出すつもりは無い。
だけど単純な好き嫌いだけで物事を判断する人が多くなった印象がある。

他人を評価できないっていうのが一番わかり易い例かもしれない。

政治でも芸能でも、兎に角叩く。
叩いて叩いて、サディスティックな、一時的な優越感に浸ることで自分を顕示している人も多いと思う。
それを見ていると余程ストレスが溜まっているのだろうか?と心配になってしまう。


物事の良し悪しと好き嫌いは別物だ。
木を見て森を見ずではないが、大局性と局地性というのは全く正反対な要素。
これが理解できていないから「特徴の性悪説」に繋がってしまうのだと思う。

突飛なものはダメ、平均的なものもダメ。

ではあなたは何を評価して、自分は何を掲げるのか?
現存する大抵の大人に聞いたところで明確な答えは返ってこないだろう。

特徴の整合性は好みではなく、その状況(客観性)により反映されなくてはならない。
嗜好(主観性)というのはそこから先の問題だ。

そこを履き違えていると他人に対する評価を出来なくなる。
子供のように聞き分けの無いワガママを大声で叫ぶことしか出来なくなる。
結果として個々の判断は局地的なものになり、大局を構成する機能を失ってしまう。

今の日本を見ているとそれが悲しい。
やはり、大人と言う生き物は絶滅の道に向かっているのかもしれない。
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by yijin | 2009-09-02 10:19
世の中腑に落ちないことは山ほどあるが、理由がわからんでもなければ無理矢理納得できるものだ。
しかしながら相手の考え方が良く理解できない場合、もしくは理解に手が届かない場合って言うのは腹が立ってくる。
何せ収める先の鞘が作り出せないわけだから、抜き身と成った感情は周りに傷をつけていく。

これが所謂「八つ当たり」というものだろう。

最近はそれを目にすることが多い気がする。
世の中的にも不安定な時期だから仕方が無いとは思うものの、自分だっていつまでも笑顔で感情を隠せるほど良く出来た人間ではない。

いつか怒りに任せて言いたいことを書きなぐることもありえるかもしれないが、まだ使える鞘はある。
遠い未来か近い将来かわからないが、そうなったら申し訳ないと先に謝っておこう。

さ、これで思う存分書けるぞ。
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by yijin | 2009-09-01 15:33